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無題

※なんとなしにナッシュが生きてて当たり前のようにラシードの屋敷で同棲してるⅥ次元設定。

 

 

 

 夢を見た。葬式の夢だ。天気はらしからぬ晴天で、私は長方形にくりぬかれた地面をじっと見ている。棺にいる人間は分からない。いや、誰にでも成れると言った方が正しいだろう。幼少期に参加した名も知らない親戚か? 志半ばで倒れたかつての仲間か? それとも、私自身だろうか。私の想像次第で中にいる人は変わった。明晰夢と決めつけるにはまだ早く、その証拠に、私は黒の地面から目を離せないでいた。

「ああ、いけない」

 花を贈っていないことに気が付いた。しかし、既に棺には土がかけられ始め、二度と開くことは叶わない。手には純白の花が握らされていた。私はこのことを、一生後悔するだろうと思った。誰とも知らない、親しいあの人を、正しく送れなかったことに。それが嫌で、花が消えて欲しいと思った。

 思えば思うほど、花は活き活きと私の胸で咲き誇った。

 

 目が覚めても晴天のままだったのが少し腹立たしかった。夢の方は、雨でも降らせておけば良かった。内容の記憶が克明に残っているのもまた嫌らしい。

 霞みがかった気持ちのまま、今の時間を見ようとした。最近は、スマフォで時刻を確認するようになった。ボタンを押せば、早朝といって差し支えない時間が表示された。しかし、もう一度寝るのは気が引けた。

 ぽつねんと、メッセージアプリに通知の印がついていた。

『着いた! 良い景色』

 短い内容と、風景を写したパノラマ写真。後者は見る限り中々の高所だ。多分、お得意のパルクールをした後に撮ったのだろう。こういう時に限って自分を写していないのか、と、我ながら勝手なことを思う。顔が見られないなら、声を聞けば良い。私は通話のボタンを押した。

「旦那? そっちすっごい朝じゃないの?」

「ああ、そうだな」

「ま、いいけど。おはよ」

 崖からぐんと引っ張られるように、件の夢から離れていくような心地がした。そう、あれは「夢」で、これが「現実」だ。ラシードは自分が人助けをしてるとは露知らず、飄々と話を続けた。

「写真見た? 新しいので撮ったんだぜ。AI自動補正付きで超高画質!」

「前のも同じ事を言ってなかったか?」

「ぜーんぜん違うから! まず操作パネルが――」

 わかったわかった、と降参する。ガジェットについてつっこむと、うるさいことを常々忘れる。まあ、たゆまぬ企業努力はいい事だな、と思うだけにしておく。

 

 ベッドから窓際へと移動し、通話を続ける。どこどこで食べた食事が美味しかっただの、いついつに庭に植えられた花が咲いただの、たわいもない報告をお互い重ねた。ゆっくりと昇りゆく朝日を見ながらの会話は、これ以上無い爽やかさがあった。澄んだ空気が胸を浄化し、まばゆい光が産毛に纏う。耳には、聞き慣れたいつもの声。

「そろそろ切らなきゃ。アザムが待ってる。旦那は何するんだい?」

 気付けばすっかり話し込んだ。たっぷりと柔らかな光を浴び、温まった私の身体は、再度の眠りを求めていた。

「もう一度寝るかな」

「お、いいね。ラシード様の子守歌、いる?」

「お断りだ」

「ちぇ。アザム直伝だぜ? 泣く子もすやすや~ってね」

 丁寧に無視して、ベッドへと身体を預ける。ラシードは子守歌をしつこく薦めてきたが、ベッドに入った音を聞いてやっと諦めた。

「おやすみ、旦那。良い夢を」

「・・・・・・ああ、おやすみ」

 サイドテーブルに置いたスマフォが通話の終了音を出した。途端に静かになった部屋で、「夢」はとうに昔のものになっていた。晴天を恨む気持ちも、終わりのない後悔も、胸中のどこにもない。ラシードが全部攫っていったのだ。それこそ嵐の如く。この眠りも、きっとどこからか訪れたものではなく、彼が闇をその風で晴らしてくれただけに違いない。死すらも蹴散らす、強烈な風。

「お前以上の『良い夢』はないさ」

 誰にも伝わらない音は、ひっそりと、私にだけ返ってきた。