※なんとなしにナッシュが生きてて当たり前のようにラシードの屋敷で同棲してるⅥ次元設定。
若様は最近よくお屋敷にお帰りになられます。きっと、最近居候になったナッシュ様に会うためでしょう。今回も昔と比べてかなり早い期間でお帰りになりました。居るだけで屋敷がぱっと華やぐようで、本日もご健勝で何よりです。
「あの人は部屋?」
はい、と返す。
「そっかー。マジで出ないよね、あの人」
なんとも言えず、苦笑するばかりです。本当に部屋にこもりきりで、時間の殆どを読書に費やされているのですから。
「ま、いっか。ありがとう。お掃除、邪魔してゴメンね」
颯爽と駆け出す若様の顔は、とても輝いておりました。
おふたりが恋仲だと知れ渡った際は、勿論屋敷中が騒然となりました。ですが「あの方が選んだ人であれば」という考えに皆がなるまで時間はそうかかりませんでした。温かく見守ることに決めたのです。
その期待に沿うように、ナッシュ様は素敵なお人でした。ある庭師は、高い木の剪定時に落ちそうになったところを助けてもらったり。ある給仕人は、不手際でカップを当人の目の前で割ってしまった際、逆に怪我が無いかと心配されたり。ある用心棒は、侵入者七人を一瞬の内にひとりで倒してしまった、などなど。良いエピソードは枚挙に暇がありません。惜しむべきは、あの方が使用人たちに向けた最初で最後の命令。
「屋敷で私がしたことは絶対アイツに話すなよ」
まあ、どこまでも優しいお方です。
一、二日経てば、若様はまた旅立ってしまいます。寂しいですが、旅を楽しむ若様も素敵ではあるので、いち使用人が言うことは何もありません。
今回もその日がやってきました。さあ、旅立つ前にほこりひとつないようにしなければ! そう意気込んでいると、何やらのっぴきならない会話が聞こえてきました。あれは、ナッシュ様の部屋からです。
「オレだって結構強いつもりなんだぜ? あんたの心配はありがたいけどさ」
「そう意気込んで大怪我したのはどこのどいつだ」
これはいけない。聞いてはダメだと思いつつ、耳はひっぱられるばかりで。
「そんな信用ないとは思わなかったよ! 行ってくる!」
「おい! ふざけるのも――」
ドアを乱暴に開けて、若様が廊下の向こうに飛び出し、その後をナッシュ様が追いかけようとしましたが、部屋の入り口の付近で諦めてしまいました。がっくり、そんなことばが浮かびます。
と、呆然と見ていたのがまずく、なんとナッシュ様がこちらに気付いてしまったのです。
聞いてしまったことが申し訳なく、かといって逃げるのも失礼。迷っている内に、ナッシュ様はあっという間に目の前まで来ていました。
「・・・・・・・・・・・・」
無言の圧力。お近くで見るのは初めてですが、こんなに大きい方だとは。いや、気圧されている場合ではありません。早く謝らなければ。
「アイツの」
怯えて下がっていた顔をもたげました。話し方がとても柔らかかったからです。とてもさっきまで剣呑だった方とは思えません。寧ろ申し訳なさそうで。
「アイツの好きな花? ・・・・・・とか、知らないか?」
ああ、今日も若様に、溢れんばかりの愛があらんことを!
廊下に、軽快な曲が流れました。ナッシュ様がポケットからするりと取り出したのはスマフォ。お相手は、見なくても分かるようでした。
頑なだった口が、自然開きます。
「きっと、貴方様のお言葉に他ならないですよ」