※なんとなしにナッシュが生きてて当たり前のようにラシードの屋敷で同棲してるⅥ次元設定。
慣れた仕草で、ナッシュの旦那はドッグタグを素早く外した。手のひらでチェーンをきちんと揃えて、うやうやしくベッドサイドテーブルに置く。まるで何かのしきたりのようだ。彼は寝る前くらいしか外さないほど大事にしている。
「何を見ている」
ベッドに入る直前、先に入っていたオレに観察されていたのに気付いていたのか、旦那はそう聞いてきた。
別に、幾度も見てきた一連だ。もの珍しいわけじゃない。のに、オレはどうしてか今日ばかりは気になって仕方なかった。寝かした半身を起こして、恐る恐る指さす。
「見ていい?」
旦那は特に迷う様子もなく、再度ドッグタグを掴んだ。そして、ベッドに入りながらオレに差し出してくれた。慌てて両の手をお椀の形にして、受け取れるようにする。ちゃりん、と金属音が夜の部屋に鳴った。
初めて持ったそれは、想像より軽かった。でも、ここに書かれている内容が、旦那にとってどれだけ意味を持つかをオレは知っている。自分の名を、彼が再び身につけていることの重さを。
「え!?」
でっかい声が出た。でっかい声が出ても仕方ないことだからだ。
「旦那って『ナッシュ』じゃなくて『チャーリー』が名前だったの!?」
旦那もでっかい声が出た。でっかい笑い声だった。
オレの手のひらの熱がドッグタグに遷り始めた頃、そして旦那がひとしきり笑った後。彼は話を切り出した。
「まだ知らないことがあるもんだな」
本当にそうだ。言い訳したいけど、ガイルの旦那ですらナッシュ呼びだったわけだし、仕方ないことじゃないかな。それとも、オレの知らないところで愛称で呼んでたりした? 知らない知らない。オレのネットにはないの。ホント。
「勘弁してくれよ。本当にびっくりしたんだぜ」
するりと旦那がドッグタグをオレから掠め取った。プレートを光に当てて、反射を何度か繰り返した。
「こいつのおかげで良いものが見られた」
妙に気になった理由が分かった気がした。この目が、オレを見る目と同じなのだ。
「あんたにとってさ、それってどんな意味がある?」
「また妙なことを聞くな」
ふむ、と考えてくれる彼が好きだ。
「自分を自分たらしめていた・・・・・・と思っていたな」
「今は違う?」
「決して同じではないが、全く違うとも言えない。変われなかった・・・・・・なんだろうな」
珍しく断言できない旦那は、迷っているというより、困っているように見えた。
自分を自分たらしめる。オレの場合、何なんだろう。動画撮影はとりあえずとして。撮影するのは楽しい。みんなに見てもらえればもっと楽しい。だけど、撮った動画があんまり伸びないと、悲しいし、何だかもう誰にも見てもらえないような気持ちになる。そんな時、自分がいなくなるような感覚があるのだ。だとすると、楽しい時が、オレ? うーん。
「難しいな」
それが旦那自身でなく、オレに向けられたことばだと直ぐに分かった。この人には何でもお見通しだ。
ドッグタグがまたサイドテーブルに置かれた。
「もう寝るぞ」
「あ、うん」
電気消してー、と言えば、スマートスピーカーが反応して照明が消えた。旦那が横になったのに続いて、オレもベッドへ深く潜る。
旦那の方へ身を捩る。彼は特に何も言わず、オレの頭を腕で包み込んだ。胸で、脚で、つま先まで、ぴったりと寄せ合う。触れてるところから、じんわりと人間の形が精製されていくような気持ちだ。ちゃんと旦那がいて、オレもちゃんといる。きっと旦那もおんなじ気持ちだろう。ふたりがいることを、触って認め合う。あまりにも基本的だけど、今のオレにとってはとても愛おしくてたまらなくて。
「次からさぁ」
「ん?」
「チャーリーの旦那って呼べばいい?」
くつくつという振動が、腕越しに伝わった。