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享受

※なんとなしにナッシュが生きてて当たり前のようにラシードの屋敷で同棲してるⅥ次元設定。

 

 

 

 これが生涯最後の恋だと分かる人間が世界にどれだけいようか。人の心は移り変わる。昨日まで最愛だった恋人が、今日最悪の他人になることがある。それは非情でも薄情でもなく、心理として正常なことだ。人は誰かを必要とし、また必要としなくなる。恋の場合、必要とされる要素が多いがために、より色濃く、烈しく移り変わる。

 私の場合はどうだろうか。死の身体に必要なものは少ない。少ないが為に、狂おしいほどに求めたくなるとは言えないだろうか。一生分の恋。生涯最後の恋。終わりが見えているからこそ、恋の先の絶望に恐れずに済む・・・・・・。

 

 本を閉じると、インクの香りが舞った。読後特有の開放感そのまま、ベッドのクッションへ身を任せる。

「いい本だった?」

 隣で寝転がってたラシードが、こちらが終わったことに気付いてスマフォから目を離し、よいしょ、と言いながら此方に身を寄せてきた。相も変わらず甘えただ。

「まあまあだな」

「へえ。読んでみようかな」

「ほう? そら」

 ハードカバーのそれを、ラシードの顔の真上に差し向ける。ぱっと手を離せば、固い表紙が顔面に落ちて激痛だろう。ラシードは慌てて受け取ろうとするが、不精にも寝たままなので、私はまるでねこじゃらしのように本を上下させて彼を弄んだ。

「ちょっとぉ」

 口ではそう言うが、遊んでもらえて嬉しいという感情が語気でバレバレだ。なんて生ぬるい駆け引きだろう。しかして、無意味を是とするのも、また恋だ。

「取った」

 してやったりと笑う顔に、褒美と称してキスをする。長く、そして、緩やかに。時折漏れる声が、より一層火をつける。本はラシードの手から逃れ、ベッドの端で此方を見るのみだ。彼の本の如く、我々も永遠のような気がした。本には終わりがある。最後に永遠の愛を誓っていようとも、本当にそれが実現するのか、はたまた移り変わり行くのか、終わった以上は分からない。筆者自身も操作しきれないやもしれない。だからこそ、筆者は筆を置く。一番熱い、此処で、終わらせたいと天に乞うのだ。

 水面を跳ねるようにして唇が離れた。ため息と共にラシードは身体を横向きにし、放っていた本を親指ひとつでパラパラと適当に捲りだした。

「結構分厚いね」

「絶対読まないだろ、お前」

「読むよ、よむよむ」

「どうだか」

 熱は冷め、会話に意味は無い。ふたりの距離こそ近いものの、片方はすっかり満足してしまった。真実の愛は、この移り変わった気怠い時間をも包み込むことだろうか。やはり、先の話で終わらせるべきだろうか。否。

「おわっ」

 ラシードの肩を掴み、此方へ向くよう寝返らせる。私が彼を押し倒したかのような体制になった。不意のことに驚いたのか、ラシードはぽかんと色気のない顔をしている。

 丁度開いた口に舌をいれる。こわばっていた筋肉が緩むのを感じ取ると、私はより深くを求めた。

 そう、移り変わるのが此奴で、もう移り変わることすら叶わぬのが私だ。正常と異常で我々は成り立っている。更に言えば、私は本のように終わりを選ぶことは出来ない。そうであるなら、恋に狂い続けることがこの身体にとって「正常」ではないのか。一生分の恋。生涯最後の恋。ぶつけて、喰らって、愛を説く。

 僅かな声で、名を呼ばれた。頬を熱い手で撫でられる。紛れもない恋の熱。移る心を取り戻した訳だ。彼は私の異常に気付いているのだろうか。気付いた上で興じている? それとも、ただ純粋なだけなのか?

 どちらにせよ、恋の時間だ。今からも、これからも。