※なんとなしにナッシュが生きてて当たり前のようにラシードの屋敷で同棲してるⅥ次元設定。
ぬいぐるみが部屋に置いてある。端っこにどかんと、大人くらい馬鹿でかい大きさのウサギが。どうやら、ラシードが贔屓にしているゲーム会社から贈呈されたらしい。
「かわいいだろ~。ペロ之助ちゃん。この部屋殺風景だから置いとくね」
私の感性が一般的かどうかはさておき、包帯ぐるぐるで血まみれで太刀を帯刀しているようなウサギはかわいいに含まれるのだろうか。謎だ。
とはいえ、存在感はピカイチだ。部屋のどこに居ようと殺気のようなものを常に感じる。あのニヤけた目が頂けない。大量に捲かれた包帯を目の周りに巻いてみると、いい感じに隠すことが出来た。
「旦那ぁ珈琲・・・・・・ペロ之助ちゃん!?」
「来るなり騒がしいぞ」
「ちょっとー。いじめないでよ」
「外すな。そのままでいい」
「え~」
可哀想だよとか聞こえてくるが全部無視する。置いてやっているだけで感謝して欲しい。
ラシードはぬいぐるみからどうにか包帯を外せないか見回していたが、ふと、その動きを止めた。
「もしかして旦那、こういうのが好きとか・・・・・・あははは~なぁ~~んて冗だ――おわっ!?」
素早くラシードの背後に回り、オレンジのバンダナを外し丁度彼の目が隠れるよう縛り直す。動揺している隙に身体を持ち上げ、そのままベッドへと運んだ。ふむ。イージー。時間にして五秒。敵を鎮圧する腕は落ちてないようだ。
腕の中のラシードはすっかり撃沈していた。
「冗談だって言ったじゃん」
「冗談でいいのか?」
「よく、ナイ、かも」
しおらしくなった唇を奪う。ちらりとウサギの方を見ると、目隠しの包帯はそのままだった。やっぱり、あのままでいいな。私は心底そう思った。
ーーー
「この前ナッシュの旦那と一緒に観た映画でさぁ、主人公がラボで改造されるシーンがでてきちゃっても~気まずかった」
「そりゃ希有な理由だな」
「他にもゾンビとか、キョンシーとか? そういうのも避けないとかな」
「・・・・・・俺もできるなら避けたい」
「はは、相変わらずだねぇ」
「で、映画はそこで止めたのか?」
「あー、いや。うーん」
「何だよ。歯切れ悪いな」
「そのあと改造された主人公が相方といいムードになって・・・・・・そしたら、ほら、ね?」
「・・・・・・ぶん殴っていいか?」
「もう腕真っ赤なんですけど!?」
ーーー
ブラジルで撮った渾身の闘ってみた動画。絶対バズると思いながら意気揚々と編集ソフトにいれたら、なんと音声がない!
「あの時の電撃かっ」
もー、これだからあの国の人たちは。最新のカメラだったのに。アザムに何て言われるかな。これからは防水じゃなくて防電の時代だな。わあ映像は綺麗。毛穴までバッチリ~。
「百面相」
「見ないでよ・・・・・・」
いつの間にか背後にいる旦那にしっかり見られた。ちょっと恥ずかしい。
「トラブルか?」
「そう、映像の音がぜ~んぶダメになってた。明日アップするってみんなに言っちゃったのに、困ったなぁ」
でも、正直に伝えるしかないか。アプリを開いて、謝罪の文言を考える。その間も、動画は無音のまま流れていた。あーあ、ここのキック、かっちょよく撮れたのに。
「良いな」
そう聞こえて、旦那の方を向く。
「良いファイトだ」
頬から嬉しさがじんわりこみ上げてくる。まるで、初めて動画をアップした時のような感動だ。台無しの動画。台無しのカメラ。あげくは、再生数たったの1。だけど、気分はとっても最高で。
「だろ?」
次の動画も、お楽しみに。
ーーー
天気も良くて風も最高。本日は絶好のパルクール日和。なのに、旦那が部屋で目を光らせてるもんだから、オレはしょんぼりしていた。
「お外、でたいなー。お外」
こうしてソファでうだうだしてるのもなぁ。ああ、今だったらあの辺、気持ちいい風が吹いてるだろうな。あそこのスイーツ店に寄り道して、いつも撫でさせてくれるネコにご挨拶して・・・・・・。
隣に座って読書をしている旦那がわざとらしく咳払いした。ぴっ、と背筋が伸びる。
「昨日カフェテラスにつっこんで驚いた客が放り投げたカップであわや怪我しかけた馬鹿は手を上げろ」
ハイ。
「カップも客も無事だったからよかったものを」
「えーっと、オレは?」
「お前は名のあるファイターだろ」
「筋が通ってるような、ないような」
「とにかく」
バン! と強く本が閉じられる。
「大人しくしてろ」
ハイ・・・・・・。
全く。悪いのはオレだけどさ。でもさっきのはまるで命令だ。仮にも恋人に対して言う台詞だろうか。
「もっとやさし~く言ってもいいんじゃないの」
小声で言ったつもりではあったが、直ぐ横なもんだからバッチリ聞こえたらしい。旦那はオレの腰をがっしりと抱えると、耳元にむかって囁きだした。
「私の側に居ろ」
「ひっ」
ぞくぞくと腰が疼く。コレはヤバい。マジでヤバい。
「お前が心配なんだ」
「いやあの、マズいって」
「なあ・・・・・・」
ま、まだ!? まだあるの!? 次は何が来ちゃうわけ? あ、愛してるとか言っちゃうの!?
「・・・・・・もう少し反省しろ! この大馬鹿野郎!!」
ノックアウト〜! カンカンカン。ラシード選手、突然の大声にたまらずダウンです。これはもう立ち上がれないでしょう。完全勝利のナッシュ選手、ぶっ倒れたラシード選手を見て満足そうです。それでは皆様、うららかな一日、大人しくお過ごししましょう。さよ~なら~。
ーーー
私の身長はラシードより少し高い。彼が背伸びをすれば届くくらいの差だ。
「小さい頃はさ、『爺より大きくなる!』って意気込んでたな」
想像して、天井に頭をぶつけまくるこいつの姿を想像して密かに笑う。きっと、おでこに常にたんこぶがあるだろう。
「いつその夢は覚めたんだ?」
「うーん、七歳くらい? ふと、アザムより大きいと親父殿より大きくなることに気付いて・・・・・・なんかそれは嫌だったんだ」
「なるほどな」
上と下、子どもらしいシンプルな考え方だ。よほど、『親父殿』はラシードにとって大いなる存在であり、そういう存在でいて欲しかったのだろう。
「まあ、今の歳ならもう伸びることもないから安心だな」
「えー、わっかんないよ。第三第四の成長期が潜んでる可能性が」
「ない。というより、そもそも伸ばしたいのか?」
そう言うと、ラシードは無言でこちらを見てきた。開かれた目は、いっぱいに光を受け止めている。その一粒一粒の揺れ方が、もう既に答えだった。
ーーー
「旦那の昔の写真が欲しい」
今日届いたらしいピカピカのカメラを私に向けながらラシードはそう言った。液晶越しの私の顔は相変わらずむすっとしていることだろう。
「可能ならこう、同僚たちとあははーって屈託なく笑ってる感じの!」
「何を言ってんだ」
「だって旦那オレといると『ふっ』とか『はんっ』とか抑えた笑いしかしないだろ? こう、気心知れた相手しか見られない笑顔が見たいワケ! あれ? この言い方だとオレとは気心知れた相手じゃないってこと!?」
「やかましいな・・・・・・」
か、関係の危機!? いっそのこと変顔とか・・・・・・いやオレがやっても格好いいだけだし、うんぬんかんぬん。ラシードはひとりでわたわたしている。まるで、自分のしっぽを追いかけている犬みたいだ。
そら、今笑ってるぞ。撮らなくて良いのか?
ーーー
「お前らが居ない間に使用人達に質問攻めされたぞ」
「ナッシュ殿に興味津々なのですよ」
「私にと言うより、あいつにだろ。やれ何処が好きになっただの、やれこんな一面もありますよだの・・・・・・お前含めて好きすぎやしないか、あいつのこと」
「ふむ、ごもっとも」
「否定無し、か。やれやれ」
「どうか、ご無礼をお許しくだされ。皆、若のことを大切にしたいのです。ナッシュ殿も同じでありましょう」
「・・・・・・ま、私にできうる限りな」
「ええ、この爺めも」
「ところで若の何処をお好きになったと答えたのですか?」
「絶対に言わない」
ーーー
花びらが落ちる。装飾品がちぎれる。急に雨が降る。そういう「わかりやすい」瞬間は映画でよく見る。主人公はそれにはっとして、大切な人の命の灯火が消えたことを察するのだ。でも、オレは知っている。現実はそんな親切じゃ無くて、何でも無い瞬間に突然それはやってくる。理不尽で、傲慢で、どう足掻いたってダメなときだってある。だからこそみんな、耐えられるんだ。
「何を考えてる」
今日も朝がやってきた。オレはベッドに寝たままぼんやりしていて、旦那はもう身支度を済ませていた。
「悲しいこと」
この世の誰よりも死に近い人。彼のリミットは目に見えない。今日かも知れないし、数年後かも知れない。でも、それが離れる理由にはならない。例えどんな理不尽がやってきたとしても前に行く。他でもない、オレがそうしたいから。
「笑っておけ」
旦那は笑顔でそう言った。ああ、何時だって大丈夫だなと、オレは思った。