※なんとなしにナッシュが生きてて当たり前のようにラシードの屋敷で同棲してるⅥ次元設定。
「だーんな、こっち来て、こっち」
夜も深まってきた頃、テラスにいるラシードが嬉しそうに私を呼んだ。まあ、何か企んでいる顔でもなさそうだ。
素直にやって来た私を見て、更に嬉しそうにしながら、彼は空を指さした。点々と輝く星々の中、一等光る星。あれは確か。
「アルタイルだよ」
わし座の一等星、と言うところまで思い出して、ラシードの笑顔の理由が分かった。どちらも彼に深く関わる名だ。
「存外ロマンチックだな、お前」
「旦那がそれ言う? でもさ、今日は一段と綺麗だなって」
星をじっくり見るなんて何時ぶりだろう。それも、誰かと共にだなんて。月並みではあるが、遙か彼方からここまで辿り着いた光に比べて、我々の存在のなんと小さいことか。あの星からみて、この尊い時間は、瞬きにすら相当しないのだろう。
ラシードはまた別の星を指さした。
「あれがデネブ」
「後はいらんぞ」
「あっちがベガ」
「おい」
軽く小突いてやれば、あはは、とラシードは言った。穏やかで、小気味よい。今だけ、星の一生のように時が流れないだろうか。そう思うと、彼の手を握らずにはいられなかった。夜風に当たった手はいつもより冷たい。
自分で変えた空気を、素知らぬふりして星をまた見る。アルタイル、そして、ベガ。
「・・・・・・行って欲しくない?」
ラシードは静かに切り出した。彼は明日からまたナイシャールへと飛ぶ。どうやら、本格的に怪しい動きが見られたらしい。今日帰ってきたのは、私にその情報を直接伝えるためだ。彼が言うには、メトロシティでベガ本人の目撃情報すら上がってきているとのことで。俄にまた、不穏な気配が世界に忍び寄っている。そして、彼にも。
星の巡り、ということばがある。あのふたつの星が近いこととは運命なのだろうか。もし、そうであれば、これほど憎たらしいことはない。大切に思う人をみすみす危険な目に合わすなど、尋常ではない。
「さんざん『行くな』と伝えたはずだ」
私の考えは変わらない。彼の考えも変わらない。行くな、だけど行く、行かないでくれ、それでも行く。毎度、堂々巡りだ。
「そうだね、耳にたこができそうなくらい」
「聞き流してるの間違いだろ」
「おっと、手厳しい」
吹き抜ける風の如く、ラシードは私の手からすり抜けた。そして、その手を高く天に指さす。
「何度だって落としてみせるさ。この逆巻く風のラシード様がね!」
アルタイルが輝いている。何万光年も遠くから、たったひとりの人間をあまねく照らしている。それは果たして寵愛だろうか、はたまた束縛だろうか。せめてもの抵抗として、今度は彼の身体を抱きしめた。星の光から影になるように、大きく、覆うようにして。
「死ぬなよ」
背中に回された腕が、ぎゅっと強くなった。あやされてるのも、慰められてるのも私の方だ。彼の身体がそうさせる。何にも挫けない英気の塊。こうして包み込むことすら烏滸がましい。
「大丈夫だよ」
星空の下、そして運命。今だけはどうか、と、私は星に願った。