※なんとなしにナッシュが生きてて当たり前のようにラシードの屋敷で同棲してるⅥ次元設定。
屋敷に猫が入り込んだ。我が家の厳重な警備を乗り越えるとは、なかなかやりおる。使用人達は猫派が多くて、そりゃもうメロメロになっちゃったんだけど、猫ちゃんはナッシュの旦那が気に入ったらしい。
「離れろ」
旦那の塩対応は誰にも問わないみたいで、ひっつかれる度にぺっと剥がしてる。毎回律儀に一言言うもんだから、見ている側としては面白い。
「そういうさ、冷たいところが逆に好かれるんじゃない? 上下関係的な? あんたがボスでーす、従いますごろにゃーん、みたいな」
「だったらあいつに従え。一応偉いぞ」
「一応って何さ」
「そら、しっし」
お、ボス命令だから従った。あらー、柔らかくてあったかいね。おめめきゅるきゅるだね。よしよし。
「袖にされた同士、仲良くしようね~」
おい、コラ、と背後から聞こえた。オレは華麗に無視をした。
ーーー
「派手に負けてきました~」
「ボロボロだな」
「いやあ、オレもエレナみたいに回復するような技覚えた方が良いかな」
「技が多ければいいってもんでもないぞ」
「サン・シャイニング・・・・・・いや、ムーン・ライト」
「技名から考えるな」
「ホーリー・ラシード・リカバー・・・・・・」
「・・・・・・トラジディ」
「何か言った?」
「いや」
「いーや、絶対可愛いこと言った。あっ、逃げた! 旦那ー! ステルスダッシュは卑怯だぞー!」
ーーー
ナイシャールにいるラシードから電話がかかってきた。もしや問題が? と思ったが、「最近弟子ができたんだ」というなんとも力の抜ける報告だった。
「すっごい成長が早くってさ。この前なんてヨガをマスターしてて」
強くなりたい。そんな理由で旅をしているらしいその弟子は、とにかく技の吸収が早いらしく、でも撮影は下手っぴ、とのことだ。まあ、平和で結構。
「追い越されないようにな、『師匠』」
ぐぬ、とだけ返ってくる。
「スマートに、なんてゆめゆめ考えるなよ。毎日の鍛錬だ」
「アザムにもおんなじこと言われたよ。ちぇ」
青春真っ盛りの若人か。この国の太陽より眩しいな。
いや、この発想は流石に年寄り臭いか?
「そういや、ふたりでお互いに動画撮りあったんだ」
動画がぽんと送られてくる。なるほど、こいつが弟子か、と思ったのもつかの間。技を振った途端一瞬で画角からいなくなり、次にラシードが映ったと思ったら砂嵐で何も分からず。最後はカメラが倒れてるのも気にせず画から遠~~~くでファイトに励んでいて・・・・・・。
「・・・・・・毎日の鍛錬だな」
「どういう意味?」
ーーー
ちょっぴり怪しい女の人、大分おっかない女の人、冷血そうな男の人、そしてオレと付き人のアザム。これから世界を救いに行くパーティにしては、あんまりだなと思った。案の定パーティはすぐバラバラに散っちゃって、シャドルー基地内部という、ラスボス手前みたいな場所でもオレとアザムのふたりきりだった。
長い、無機質な廊下を必死に走る。どれだけ急いだって良いけれど、どれだけ急いでもダメな気がした。探しても探しても、アイツの姿は見当たらない。世界だっていつの間にやら大ピンチだ。こんな時、ヒーローなら仲間を鼓舞して、絶対に良い方向へ導けるのに。今のオレは、只の、オレってだけだ。
曲がり角に、見知った人を発見した。ボロボロだ。とりあえず手を伸ばしてみたが、そっけなく無視された。聞く限り、ベガを倒すことは叶わなかったらしい。傷だらけになっても、ベガを追う執念。オレには無い、筋の通った強さ。
こんな強い人になら、話せるかもしれない。オレの目的、過去、そして、不安。そう思って、「アイツ」と口にすれば、その人は反応してくれた。
なんだ、全然冷血じゃないじゃん。じゃあ聞いてもらおうかな。オレが、「逆巻く風のラシード」っていう、ヒーローに戻るための演説を。
ーーー
「固っ苦しいのは苦手なんだけどね」
ラシードが思い切り背を伸ばすと、身につけた装飾品が艶やかな音を立てた。今日の午後に年一の大事な祭典があるらしく、国の伝統的らしき衣装を着ていた。
「どーお旦那。この格好に何か皮肉のひとつでも?」
「私をなんだと思ってる」
「馬子にも衣装、いや、猫に小判とか?」
「よく似合ってるぞ」
「そう? へへ」
冗談抜きで様になっている。絢爛な貴金属、繊細な刺繍の服、そのどれにも負けていない。王族の血がそうさせるのか、はたまた別の要因か。
兎角、活き活きとして、美しい。
「そろそろ行かなきゃ。旦那、お留守番宜しくね」
「はいはい、行ってこい」
大人しくしてろよ、とは言えなかった。いっそのこと台無しになれ。そう思う自分がいる。何時からこんな面倒な男になったか、しんと静まった部屋が私を観ていた。
「猫に小判か」
――そんなことない。
あいつか私か。どちらへ言ったにせよ、そう怒る奴の声が聞こえて、自然、笑えた。
ーーー
ナッシュの旦那はよく本を読んでいる。オレにはちょ~っとむつかしい学問書だったり、はたまた最新のSFだったり、かと思えば昔ながらの童話だったり。新旧内容問わずな所もだけど、旦那の読んでる様ときたら、それはもうカッコいいのだ。
今日の旦那はベッドの上で完全読書モードだ。折角オレが横で寝てるのに全然構ってくれない。手持ち無沙汰なオレは、山積みの本から適当に一冊抜き出した。『罪と罰』、おや。
「こういう名作はもう読んでるのかと思った」
「生涯で読める本の数を考えてみろ」
確かに。映画好き全員がフォースと共にあるわけじゃない。ナイシャールで弟子にネタを振ったら首を傾げられたのを思い出す。どこまで言って良いのかな。実はファザーなんだよ、とか?
「次はそれだ。寄越せ」
「ほいさ」
受け取って直ぐページをはらり。うーん、今日はもう遊んでもらえなさそう。
仕方が無いので、読んでいる彼をじっくり見ることにする。すん、とした整った横顔。誰も寄せ付けなさそうな顔だけど、よく観察すれば蒼い瞳が優しいことに誰もが気付く。その瞳は今、静かに文字を追いかけていて・・・・・・。
「おい?」
あ、かおがやっとこっちみた。うん、やっぱり、読んでる横顔もカッコいいけど。
「正面からのが、いちばんすき・・・・・・」
旦那が何か言ってるきがするけど、オレはもう、ユメの中だった。
ーーー
「オレがもし現役の王子サマだったとして」
「一応ありえた分ツッコみ辛いな」
「王子って、具体的に何するのかな。え~っと、『王子 仕事』」
「急に馬鹿」
「なになに、礼儀作法、武術、外交視察、治世の勉強」
「今とあんまり変わらないんじゃないか」
「うーん、株なら見てるけど、政治はどうかな。あ、中世だけど、そういうシミュレーションゲームあるじゃん。やってみよ」
「常時平穏安定、民からの支持も万々歳な上で世界征服ができた」
「・・・・・・現代で良かったな」
ーーー
旦那が珍しく電話をしている。
「ほお、あの泣き虫が昇進。世も末じゃ無いか?」
多分、ガイルの旦那かな。内容もそうだけど、いつもよりことば選びがワルい。アザムだったらマジ怒りする類だ。
「いつぞやみたいに『ワニに食べられる~』って、ほら、下半身丸出しででてきたあれだよ」
当然だけど、オレに見せる顔と、ガイルの旦那に見せる顔は違う。心理学ではペルソナがどーかって、前に聞いた気がする。
ま、別にね。羨ましいわけじゃないから。オレにだけ見せる顔だってあるわけだし? そもそも一緒にいた時間が違うんだから。つまり勝ち負けとかじゃ無くて。
「そろそろ切るぞ」
終わる? 随分話してたもんね。オレとしてはもうちょっとワルな会話聞きたかったんだけどね。残念だな~。
「可愛い恋人が待ってるんでな」
はい、オレの負け。
ーーー
旅行に行っていたラシードが帰ってきた。両手いっぱいに土産を抱えながら。
「はい旦那おみやげ。ミョルゲポッピ族の名産品、呪いの鉄仮面」
「いらん」
「ジェッセダ・D・ヒュッテル伯爵が秘蔵していた翡翠のミーアキャット像の複製は?」
「何処に行ったんだお前は」
旅行帰りのこいつは、本当に心から楽しんだんだろうというのが肌に伝わってくる。様々な世界を巡り、純粋な成長を遂げる様は見ていて爽快だ。土産のセンスは何処に行っても成長しないが。
「良い感じの闘ってみた動画も撮れたんだ。アップするのが楽しみだ」
「ミョルゲポッピ族戦は伸びるかもな」
「そう? まあ青龍刀出してきたのはビビったけどさ」
この青年の行く先がどこまでか。可能な限り見届けていきたい。
「あ、伯爵戦だけ先に観てよ! まさかのトンプソン銃に加えて分身までしてきてさあ」
その前に。
「旅行中、ぜっっったいアザムから離れるなよ」
「え? うん・・・・・・なに急に?」
危機感も成長してくれ。頼む。