※Ⅵ次元 自然に生きてて普通に同棲してる。
映画が好きだ。旅が世界を体験する物語であるならば、映画は人そのものを体験する物語だ。常人では到底体験できないことに対面して、主人公がどう思うか。そこに共感するもよし、別の感想を持つもよし。
今日の映画は、冒険の中で最後、主人公が親友を失う物語だった。
「いかがでしたか」
は、と運転席のアザムの声で現実に戻ってきた。思えば飛行機のシートに座るまでずっと無言だった気がする。アザムは鋭いから、オレの心の中なんてお見通しで、思考が悪くなる前に声をかけたに違いない。
できる執事へ密かに感謝しつつ、見えないと知って笑顔を作った。
「今、感想考えてたところ」
「そうでしたか。とんだお邪魔を」
「ううん、ありがと」
「到着まで時間があります故、少し睡眠でもとられては?」
飛行機が安定飛行に入り、アザムがそう促してきた。屋敷に到着するまでは大体二時間。暇を潰すものも手元にない。
「そうしようかな」
シートに深く身を預けて、目を瞑る。あいつが夢に出ませんようにと願う。きっと、悲しくさせるようなことを言ってしまいそうだったから。
屋敷に帰ると、ナッシュの旦那が玄関でひょっこり出迎えてくれた。
「日帰りの海外旅行か。とんでもないことをするな」
めずらしいなと思ったけど、オレの行動にまずツッコミを入れたかったらしい。あははと笑って流す。
「映画はどうだった」
こんな時くらい甘えたっていいだろう。
「部屋で聞いてもらっても良い? ふたりでさ」
うんと砂糖を入れた珈琲が旅行帰りの身体に染みる。甘さの多幸感、挽き立ての香り。
「はあ」
ソファで隣に座る旦那は、無言で待っていてくれている。だからこそオレは話せる。
「あいつが・・・・・・友達が亡くなって、もう随分経つけどさ」
旦那が少し身動ぎしたのが見なくても分かった。
「映画で、主人公の友達が死んだんだ。そうしたら、胸がぎゅ、としたんだ。まだ新鮮に痛いんだって思うと、より切なくてさ。おかしな話かな。でも、考えるんだ。誰だって大切な人を失う日が来る。それでも人は生きていく。オレも、そうあるんだって。前を向いていきたいって。だけど、まだ上手くできてないのかなって」
一気に話したもんで、珈琲を乱暴に飲む。やけ酒ならぬやけ珈琲。なんて。
くだらないことを思ってたら、旦那がおかわりを入れてくれた。アザムが見たら苦言を呈しそうな、水滴はねまくりの入れ方。それでも、オレは嬉しかった。
「充分、前は向けてるさ」
最後の一滴まで入れきった後、旦那は話し出した。
「こうして人に話せる時点で、充分、一歩踏み出せてるさ」
「うん」
「すっぱり忘れるのでも、重く背負い続けるものでもない。そうだろう」
『あいつの分まで、僕は強くなるよ』
映画の主人公の台詞だ。強さ。強さって何だろう。ファイトが強いとか、意志が強いとか、ただ闇雲に強いワケじゃ無くて。じゃあ何処で?
ひとつ、答えがあるのは、誠実で有り続けることだ。自分に出来ることをして、間違いの無い道を選ぶ。誰にも、あいつにも、恥ずかしくないように。
『絶対に忘れない』
映画の最後の台詞だ。
「オレはさ、何であんたを思い出すのかな」
くは、とはじけるように旦那が笑った。
「あんまりにも縁起無いな」
「あ、えーっと」
そういやそうだ。おセンチが過ぎてとんでもないことを口走ってしまった。いや、でも旦那が想像以上に甘やかしてくれたからつい、というか。
腰に手を回され、旦那の頭がぽんと肩に置かれた。
「そうだな、お前だったら何が良い」
優しくて、厳しくて、誇り高い人。それならきっと。
「うんと、良い思い出で、かな」
「そうか」
目を瞑る。あいつの顔を思い浮かべた。ドジで、抜けてるとこがあるけど、最高の友達。そんなあいつに、伝えたいことが出来たから。