※生きてて多分一緒に住んでる
ラシードが大怪我を負ったと聞いたとき、真っ先に沸いたのは「怒り」の感情だった。一言文句をつけなければと思った。「どうして私より先に死のうとした」と。
「入るぞ」
屋敷の一番風が通る部屋。堂々と真ん中に置かれたベッドの中にラシードはいた。側には包帯を変えていたらしいアザムの姿もある。
「今は」
「知っている」
落下した植木鉢の下にいた子どもを庇った、と聞いている。命に関わるような怪我ではなかったものの、医者からは安静が絶対と言われたらしい。その言いつけ通り、ラシードは深く眠っていた。
「私が側に居ながら、いえ・・・・・・」
執事は口を閉じた。言って欲しい言葉を求めているだけと気付いたからだろう。実際、咄嗟に動いた人間を護ることは難しいだろうし、的確な応急措置で早期に自宅待機になったのはこいつの手腕だ。役目は十二分に果たしている。とはいえ、それで罪悪感がゼロになるほど人は簡単ではない。
「ふたりにしてくれ」
アザムは無言でその場を去った。反省会は、彼ひとりで存分にできるだろう。
椅子を引っ張り出し、ベッドの側に座る。日はまだ高く、本来であればこいつは元気に動き回る時間だろう。規則正しい寝息が、窓からの熱い風と相反する。ただ、静かすぎる。
「大馬鹿野郎が」
怒りはまだ上手く収められない。寝顔を見れば毒気も抜けるかと思っていたのだが。予想以上の痛々しい包帯の具合に寧ろ増すばかりだ。あたり所があと数センチでも悪ければ、考えるだけで寒気がする。
後先考えない行動に怒っているわけでない。危ないことはするなと再三言っても無理な話だ。動くことは、こいつにとって当然なのだから。でも、それでも死ぬのは私が先だと思っていた。置いていくのは私の方だと。だから、彼が勝手に逝くことに強く動揺した。私は長く死の側に居すぎたのだ。
ラシードが苦しそうに唸った。例え僅かな息吹でも、私の身体を纏う怒りの火を燃え上がらすには十分で。
「死ぬな」
誰にでも死は等しく訪れる。例え神が定めた変えようのない事実だとしても、望まぬ事くらい許されるはずだ。こいつは、生きねばならない。生きて、私よりもずっと先に進まねばならない。
でなければ、こいつが、私の死を何度も何度も何度も恨んだ意味がないんだ。
「死ぬな」
もし神が居るなら、ブッ潰してやる。
順調に回復したラシードがまず初めに行った仕事は、アザムが屋敷総出で快気祝いをしようとするのをやんわりと止めることだった。
「下手すると三日三晩の騒ぎになるから気まずいんだよね」
ソファでぐだぐだとスマフォをいじりながらラシードはそう語った。横に座る私は、彼がためにためたSNSの返信をぼんやり覗いていた。
「申し訳ないっていうか。心配かけちゃってごめん、みたいな」
「事実だろ」
「あー、旦那もごめんって。怒らないでー」
甘えるようにラシードは私に身体を預けた。あれだけ巻いていた包帯はなく、血の臭いもしない。普段と変わらない彼の姿。
振動の止まないスマフォを没収する。いい加減見ているのも飽きた。
「なんだよぉ」
その言葉と裏腹に、彼は楽しそうに笑った。陽は今日も眩しく、風は穏やかに流れている。ふたりに流れる時間は永遠で、邪魔するものは何もなくなった。私は少し、目を閉じることにした。