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小ネタ04

 

「旦那ってやっぱモテた?」
 暇そうにスマフォをいじるラシードがそう訊いてきた。というよりホントに暇なのだろう。
「だったら何だ」
「お、否定なしじゃん」
 せーいちぃーと、緩くスマホのカメラを向けられた。少しじらして、一瞥だけくれてやった。ラシードはサービスを見逃さなかった。
 撮った写真を見て、彼は嬉しそうに「男前」とつぶやいた。
 そうだ、たんと喜べ。今、私はお前のモノなのだから。

ーーー

 刃みたいな強烈なキックを受けて吹き飛ばされた。背中で地面を打ち、小さな悲鳴が漏れる。まいったの意味を込めて、仰向けに倒れたま両手でバッテンを作った。
「あー、今日いい空だねぇ」
 晴天に圧倒されて、起き上がる気が失せた。嫌なくらい身体が重たい。こんなんじゃ、風に乗ることも出来ない。
「・・・・・・満足したか?」
 ナッシュが顔を覗き込んできた。何戦か付き合わせたせいで、流石に疲労の色が見える。オレの表情を見て、よりそれが色濃くなった
「してなさそうだな」
「へへ」
「これ以上はお断りだ」
「ちぇー」
 ナッシュは大の字になっているオレの横に座った。手は差し伸べないが、聞くことはしてくれるのだろう。お優しい気持ちに甘えることにする。
 憂鬱のきっかけは、ほんの数時間前の闘ってみた撮影。対戦相手は本気でやってくれた。でも、実力の差があり、結果はオレのストレート勝ち。何か声をかけなきゃと近づいたとき、相手が涙を流していたのだ。心の底から、悔しいという気持ちがこもった涙を。
 羨ましい、と思った。
「このままさ、いーっぱい闘って、オレってどうなるんだろうね」
 ファイトは楽しい。闘ってみたの動画配信だって楽しい。けれど、その先に何があるかはまだ分からない。あの相手は知っているような気がした。だから、羨ましい。
 何かすっごいさらけ出しちゃったな、と急に照れくさくなり、ナッシュの方を見る。旦那は空へ目を向けていた。
「お前次第だな」
「だよねぇ・・・・・・」
「ふ、迷え迷え」
「あっ、ちょっと待ってよ!」
 さっさと立ちあがって先に行くナッシュを急いで追いかける。不思議なモノで、一度歩き出せば憂鬱さなんて消えていた。きっとこれが「オレ」なんだろうな。爽やかな気分そのまま、オレは全部解ってたであろう背中へ飛び込んだ。

ーーー

 ルークとのゲーム通話を終えた後、当の本人からわざわざメッセが飛んできた。
『言いづらいこと言うんだけどよ』
 なんだなんだ。そういえば通話切る直前、なんか顔色がおかしかったように思う。あのULTのことなら気にしなくて良いのに。結果ギリギリ勝ったし。
 どうしたの、と返すと、途切れ途切れに返答が来た。
『その』
『お前の』
『ベッドのとこ』
『ゆ』
『ゆ』
『なんかいた』
 幽霊の絵文字を送れば、返信が完全に止まった。あっちは確か今真っ昼間だったはずなのに、元気が良くてなによりだ。
「何を笑っている」
「んー? 楽しい友達だなぁって」
「・・・・・・終わったならはやく来い」
 仰せのままにとベッドへ向かう。ずいぶん待たされた幽霊さんは、少し機嫌が悪いようだ。
 邪魔したくないのは分かるけど、気配消すのは止めた方が良いかも。明日の旦那へのお手紙、忘れないでね、オレより。

ーーー

「おい、スマフォ中毒。バッテリー持ってンだろ。ちょっとアタシに寄こしな
「うーん。斬新なカツアゲ。タイプこれかな。はい」
「チッ、報告だけ聞きゃいいのに、ぐだぐだ小言言いやがってクソ
「相変わらず荒れてんね。ん? はーいもしもし?」
「充電早いなこれ」
「・・・・・・あー、いや、大丈夫。変わりないよ。急にかけてくるからびっくりしちゃってさぁ」
「・・・・・・なあ、終わったんだけど」
「あっヤバ。うん、あの、居ますけど。なんで分かったの。勘!? 怖すぎない? 偶然同じ国にいるだけだって。変なことしてないから。もー、ねえ、旦那」
「はー・・・・・・オシアワセニー」
「アザムだっているし平気平気。心配してくれるのは嬉しいけど、なんというかもっと信頼してほしいっていうか。は・・・・・・い、今そんな告白する!? ずっる!!」

ーーー

 背後で馬鹿でかい音が聞こえたと思ったらラシードが本棚から落ちた本の中に埋まっていた。私はさっき梯子はちゃんと掴めと注意したから悪くない。
「だんなぁ」
「知るか」
 此奴の抜けっぷりは中々だ。そのくせ直ぐ調子に乗るもんだから、幼少期はさぞ目が離せない奴だったろう。従者の心労が窺える。
「もうちょーっとだったんだけど」
「そういうところだ」
「でもほら、あったよ。これだろ?」
 掲げられた本は、確かに私の探していたタイトルだった。大昔に読んだことがあり、なんとなくまた読みたくなったとラシードに言ったところ、ウチの書庫にあるかもときた。数時間の探索の末、大当たりだった次第だ。
「それ、読んだことないな。感想聞かせてよ」
 ラシードは満面の笑みでそう言った。探した苦労も、なんてことない風体で。そのあたりまえの善意が時折、眩しすぎる。
 過るのは、顔すら知らない存在のこと。
(お前はどうだった?)
 残念ながら、私が死者と云えど答えはなかった。
 まあ、いつかの日にな。そう思いつつ、私は本を受け取った。