名前があるから安心できる、と僕は思う。
僕は「超能力者」である。テレパシーができようが、念動力が使えようが、三日で世界を滅亡できようが、超能力者の四文字で何者かを片付けることができる。何かわからないというのは、人類にとって恐怖だ。もし、この四文字がなければ、僕は「人」から見て名もなき危険生物でしかない。名前のあるなしでそこまで違うのか、とも思うが、0と1は雲泥の差だとも思う。
「むつかしいこと考えてる顔っスね」
鳥束が僕の顔を覗き込んで言った。彼の手元の用紙はまっさらのままだ。
(補習で残ってる馬鹿よりは色々考えてるだろうよ)
「もー、なんのために斉木さん呼んだと思ってるんスか? いい加減教えてくださいよ」
(僕が悪いみたいな言い方をするな腹立たしい)
くだらない応酬をしていると、突然鳥束が空に目を止めた。僕が認識できないとなると、幽霊がこいつに話しかけているのだろう。
「ん……お、マジっスか?」
何もない場所に向かってころころと表情を変える様はいつ見ても異様だ。おまけに、先程迄の気怠そうな顔と比べてなんと楽しそうなことか。その笑顔を普段からできれば、少しはマシなんだが、如何せん幽霊限定なのだ。そんな時、僕はもどかしいと感じる。
「斉木さん、こいつ数学詳しいみたいっスよ。へへ、じゃあ問一からしゃっしゃーす」
なるほどなるほど、と全くわかってないであろう相槌と共に、回答欄が埋まっていく。暗算してみれば、正解ばかりだった。魂を要求して知恵を授ける悪魔が脳裏を過る。コイツの場合は、身体を差し出してる訳だが。
鳥束から幽霊が、または何かが抜けたのが見て取れた。
(よくできるなお前も)
「はい?」
(幽霊ってのは記憶がないんだろう)
「まあ、そうですね」
回答用紙を手に取る。鳥束らしくない、まん丸の数字。
(じゃあ本当に死んだ奴かどうかなんてわかんないんじゃないか。生前の姿を真似た別の何かかもしれんぞ)
「何かって?」
(さあな)
「はあー?」
馬鹿だな僕は。馬鹿にぶつけてどうなる。
時折考えるのだ。もし、このまま強くなり続けて、名前のない力を得てしまったらどうなるのかを。超能力者ではない何かになってしまうかを。僕は、この世界にいていいのだろうか。否、と。
まあ、その時はその時だ。いざという時のために地球によく似た環境の星は見つけてある。スイーツが心残りだが、アポートの訓練でもしておこうか。まずは等価交換の点を解消して……。
静かだと思っていたら、鳥束が何故か云々と唸っていた。僕は、眉間にできた皴めがけて回答用紙を貼り付けた。
(アホ面)
「斉木さんがっ……はあ、はいはい」
ヨレた紙を伸ばしながら低い声が続く。
「さっきの、俺、別に何だっていいっスよ。だってこいつら、優しいから」
は? ……言ったな? こいつ、今言ったな?
熱い血が全身に流れていく。僕は感激しているのだ。砂漠の中のオアシス、なんて美しいもんじゃ断じてない。もっと卑怯で、自分本位で、だから興奮する。
(なあ鳥束)
前にお前は言ったよな。
(宇宙は好きか?)
僕はツンデレだって。