だだっ広いシアタールームを、銃撃の爆音が震わす。そこに、ゾンビの断末魔が重なれば喧しいことこの上ない。しかしながら、俺の膝を枕に寝る真島はどこ吹く風といわんばかりにくうくうと寝息を立てていた。果たしてコイツの耳はどうなっているんだか。
真島はゾンビ映画が好きだ。新作が上映されれば映画館に行き、レンタルショップにもお宝を発見しにあしげく通っている。そしてどちらも大体、俺が付き合わされる羽目になる。
家で観る時は、真島からヤジに近い解説が飛んでくる。お陰様でゾンビ映画のいろはに随分詳しくなった。例えば、陽気なチャラ男は序盤死にそうで逆に死なないと思いきや死ぬ、とか。逆張りの逆張りが逆に新鮮とかなんとか。少々難解だが、兄弟がそう言うならそうなんだろう。
今日の一本は「今年新作の自主映画」とのことだった。パッケージには日本人の顔ぶれが並んでいる。所謂邦画だ。外人はどうにも顔を覚えるのが苦手で、いざ主要人物がゾンビになってしまった際にも上手く驚けずにいた。今回は素直に楽しめそうだと思ったが、よくよくタイトルを見て首を傾げた。『恐怖 妖怪ゾンビ百鬼夜行』……?
初っ端に感じた疑問は、本編開始早々混乱に変わった。
まず主人公の男性は見た目は普通の大学生だが、祖母が河童と結婚していたらしい。だから人より腕力が強いとか。ヒロインは座敷童をその身に宿しており、周りが幸運になるほど自分が不幸になるそうだ。不幸のバリエーションはわさびロシアンルーレットに必ず当たるから鉄骨が落ちてくるまで様々。だけど主人公はヒロインに惚れているので持ち前の根性でなんとか助けようとして、という筋書だ。自分といると危険だと語るヒロインに対して必死に愛を訴える主人公。熱意に絆され徐々に心を開いていくふたり……待て、ゾンビは? と気付いた時には本編はとうに四〇分を超えていたし、真島は二〇分時点でもう寝ていた。
俺も正直切ってしまいたかった。しかし、目を離せない理由があった。途中から登場した主人公の先輩こと「鳥井田」が、どことなく真島に似ていたのだ。
出てきた直後は、髪型が揃いだな、珍しいもんだ程度の一致だった。が、突拍子もない行動で主人公を困らせたと思いきや、ゾンビが出てくると――龍脈とやらの乱れの影響で人間がゾンビ状態になったらしい――どこからか取り出したショットガンをぶっ放して喜んだりと、節々にらしさを覗かせた。ヒロインをゾンビ鎌鼬から助けようとして左目に怪我を負った後はもうダメで、俺は完全に鳥井田を真島として見ていた。
物語もクライマックス。主人公たちが立て籠るビルの周囲はゾンビに囲まれていた。龍脈を安定させるための結界はまだ完成途中。主人公とヒロインは呪文を唱えるために動けない。しかしてゾンビは扉の前まで来ている。これはつまり。そう、鳥井田がひとり戦うことを申し出たのだ。そういう男や、お前は! いっつもそうやお前は! 頼んだと二人に投げかけた後、ショットガンを構え扉を勢いよく開ける鳥井田。涙ながらに呪文を唱える主人公。瞬間、ヒロインの体が光った。
爽やかな鳥の鳴き声、そして朝日。ゾンビの姿はなく、終わりを安堵する主人公とヒロイン。だが、直ぐに鳥井田が消えた扉へと走っていく。廊下には、ぽつねんと横たわる男の姿が。その表情は、眠っているように穏やかで……。
頭を抱えて俯けば、画面と似た表情の男が膝にいた。鳥井田……っ、真島……と……。
「鳥井田!!」
「はえ……?」
抱きしめた体は、まだ温かかった。嗚呼、どうして。
「鳥井田ァ……!」
「だれぇ……?」
ちなみに、鳥井田はスタッフロール後のオマケで実はひいひい爺さんが人魚の肉を食べた影響で不死身だったことが判明し、さっくり生き返った。百鬼夜行とある割に妖怪は片手ほどしかいなかったし、よく良く考えればゾンビが敵である必要性はないが、まあハッピーエンドだろう。
見終わった後、真島に続編は出そうかと聞いたら、「絶対にない」ときっぱり言われた。
映画っちゅうんは、難しいもんやな。