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煙火

 ぱきん、古ぼけたドラム缶の中で、火花が弾けた。寂れた屋上から神室町の曇り空へ、薄い煙が登っていく。

「結構燃えましたよ」

 男は屋上の扉を開けた真島の姿を認めると、何ともないように語りだした。

「ばあちゃんが火葬された時、何時間待ったっけなぁ。あの時ガキで、時間の流れが遅かったというか」

 燃える炎の中には、指輪がまだ残っていた。男はそれに気付くと、火ばさみを掴んで指から外し、コンクリの地面に投げ捨てた。煤だらけのそれは、裏側のイニシャルだけがくっきりと浮き出ていた。男の顔が恨めしく歪む。

「……くだらねぇ」

 一番太い薪が顔めがけて突っ込まれた。炎は弱くなった。

 ふつふつとした怒りの反面、男は悦に入った状態にあった。

 護るものがある――そう言って、こいつは組を最悪の形で裏切った。殺すべき存在だ。そして、成したのは誰でもない俺だ、と。こいつは、崇拝する親父への供物となった。純粋な忠誠の証として受け取られる。男はそう思っていた。

 感情諸々の矛先に立つ真島は、上がる煙を細目で慈しんでいた。

「昔、3Dがえろう流行った頃あったやろ。映画なり、ゲームなり」

「あっ……はあ」

 真島は煙草を咥えた。男は逡巡したが、結局慣れた動作で火をつけた。

「でもまぁ、ワシ目ん玉こうやから」

「……えっと、左右で見えるものをずらして飛び出しているように見せてるんですよね」

「おお、せや! よぉ覚えとるのぉ」

 親父の言っていたことですから、と返さなかったのは男の意固地だった。心底気まぐれな人だと思っていたが、ここまでとは。そんなことを考えた。

「親父の好きな映画のシリーズが3Dになったんでしたよね」

「あれはほんま……でもお前らが『じゃあ俺たちが親父の前でどんなふうに飛び出したか再現します!』ゆーて、みーんなで映画の劇してくれたなあ」

「……大変でしたよ。弾丸とか特に」

「ヒヒ。アホや思うたけど、おもろかったで」

「はは」

 花が咲いたような笑顔の真島に対して、男の心臓は痛いほど高鳴っていた。本当に些末で、平穏な話題は、今の彼にとって苦痛でしかなかった。そうだ、親父にとって、ひとり程度の殺しがなんだ? これくらいで誇って、見限られたのではないか? 罪を犯した両手が震える。本当は、殺した瞬間怖くて逃げ出したくなった。あれを、また? ドラム缶の中を確かめたが、忠誠の証はもう人の形をしていなかった。男を高揚させる力はもう無かった。

「親父」

 震える声で男は言う。

「あと何人殺せば、認めてもらえますか」

 真島は落ちていた指輪を拾い上げた。

「なんにもせんでいい」

 手袋で軽く煤を払い、男の手に乗せる。

「なんにもな」

 男はついに泣き崩れた。濁流のような後悔。指輪を強く握りしめ、只管に謝り続けた。真島は、男と吸い切った煙草を捨てて屋上を去った。今だ耳に届く咆哮の中に、異なる自分の影を感じながら。