死にゆくようなものだと思った。
丁度、今頭を預けているのは羽根枕だ。適当に刃を入れてやれば、羽根が丁度お迎えのように舞うだろうか。ドスはサイドテーブルに置いてある。いっちょやったろかと身体を起こしたが、強烈な酔いの前に浅知恵は霧散した。
二十五年ぶりに冴島と二人で呑んだ。正味、東城会の混乱は未だ収まらずではあったが、なんとしても時間を作ろうと苦心した。それをあろうことか組の奴らが感づいたらしく、冴島組の組員と協力して暇の捻出どころか店まで選んでくれた。かわいい子を持つと、親は腹が立つことばかりだ。
すったもんだの酒の席は、反面終始長閑であった。近況報告を皮切りに、触れたいこと、触れてほしくないことをお互い強かに擦りあった。肩肘を張らずに会話できることがただ楽しく、するすると酒も流れていく。冴島も強面が解けるくらいには酔っていた。日付もとうに過ぎ、このままこの店で夜を明かそうかと考えてた頃。ふいに冴島が席を立った。小便か? 首をかしげてみたが、結ばれた口は開かない。
「兄弟?」
冴島は無言のまま俺の腕を引いた。その手が燃えるように熱さだと気付いた時、腹の奥底から、この二十五年の間己に科してきた罪が轟いた。俺はこの手に、ずっと殺されたかった。
店の前でタクシーに乗り、ホテルの近い行先を冴島が告げたが、俺は黙っていた。街頭の少ない道を行く最中も、ずっと。身体に残る酒だけがかろうじて命を繋いでくれた。冴島からの目線が、性という生が向けられる度、俺の中の死の影は色濃くなるばかりで、昂揚と絶望の板挟みで狂ってしまいそうだった。
ホテルに着くと、卒なく部屋まで連れ込まれた。上等にはほど遠い寝具に、座るよう促される。
「真島」
穏やかな声は、こちらを安心させにきているのがわかる。俺からの一瞥を確認すると、冴島はシャワーへと向かった。
ベッドからシャンデリア輝く天井を仰ぐ。じくじくと痛むこめかみを強く抑えた。ふとしたきっかけで蕩けるような性に飲み込まれていきそうで、己の弱さにほとほと嫌気がさす。俺はなんのために生きてきたんだ。そうだ、今から受けるのは罰なのだ。酷で、一方的で、無情で、惨たらしくされなければ。絶望が俺を支えてきた生だ。
甘えるな。頭が痛いのは酒のせいだ。酒のせいだ……。
――兄弟。
兄弟、兄弟、あんな、頼みがあんねん。
――なんや。
最中にな、俺の首を咬みちぎってくれ。お前の牙で一思いにやってくれ。
――死んでまうやろ。
せや。お前に全部やる。生きることも、死ぬことも全部。なぁ、頼むわ。
――兄弟。
なあ、兄弟。なあ……。
「あ、は?」
目を覚ましても変わらずシャンデリアが拝めた。だが、明かりは灯されておらず、代わりに朝日が部屋の輪郭を濃くしていた。
笑い出しそうになる口を噛みしめながら、努めて冷静に状況を確かめる。服は、下着以外着ていない。まあいい。冴島も同じ格好で、横で寝ている。おん、よし。肝心の俺の体は……何処も痛くない。上も、下も、中も……。すなわち、これは、つまり。
「大の男二人がラブホに来てなぁんもせずすやすや寝たっちゅーことかぁ⁉」
もうだめだ。諦めて笑ってしまおう。狂え狂え。ドスちゃん、ワシんとこおいでやぁ。
「……兄弟」
上半身を起こしたところで、冴島が腕を腰へ回してきた。がっちり固められ動けない。この太さ、ほんとにムショ帰りなのか。
「介錯頼むわ兄弟。恥かかせた責任や」
「お断りや」
わからずやの頭を肘で思い切り打つ。
「かー! この甲斐性なし! そもそもなぁ、酒に酔って潰れた相手なんぞ襲ってなんぼやろが! 据え膳やぞ据え膳! 服もあれか⁉ 皴になるから脱がせたんやろ! そこでムラっとこんかったんか⁉」
「来た」
「来たんかい! じゃあ抱かんかい! ボケ!」
一通り言い終えたところでズキンという痛みが頭を刺した。大きい声を出しすぎて酸欠になったらしい。腰が捕まれている以上、倒れる先は冴島の腕の中しかなかった。
隆々とした筋肉の形が背中に伝わる。暖かい。
「真島。俺は嬉しかったで。二十五年、兄弟が俺を待っとってくれて……生きていてくれて」
「ほうか」
「せやから、あんま寂しいこと言うなや」
「……嫌じゃい、言うたら?」
腕の力が強くなる。
「この先毎晩ずっとホテルでなんもせず朝まですやすや地獄や」
「鬼! 鬼畜! 閻魔大王!」
「こっちかて地獄やアホ!」
なんやねん、とようやくふたり向かい合って笑った。
許されてしまうことは分かっていた。否、ずっと許されていた。心底愛されているという確証を得て、ぐずぐずと拘る方が阿保らしい。
幸せになってみようか。実感も持てず、それでいて際限のない幸福という奴に。きっと、終わりある絶望より何倍もしんどいだろう。それでも。
「なぁ兄弟」
「あん?」
「今日はもう、とことん付き合ってもらうで!」
分かり切った『イエス』の答えの前に、俺はその口を思い切り塞いだ。