バンっ、と、成人男性の千切れた右足首が分厚いガラス越しに飛んできた。ものの一時間まで健全に流れていたはずの血がべっとりとガラスにこびりつき、流れていく。千切った張本人、乃至、部屋の主である虎は、残すまいと転がった足首に喰らいついた。その勢いたるや、容赦も何もない。まさに獣という姿。
「「哎呀……」」
感嘆詞が横にいた馬淵と見事に被り、顔を合わせて二人で笑った。
慶錦飯店で新しく仔虎を飼うことになった。今日はその初対面の日。馬淵も見に来ないかと誘ってみれば案外乗り気で、放課後になるやいなや「とっとと行くぞ」と急かされた。おかげさまで、宿題を机の中に忘れてしまった。
店内にて二人待っていると、支配人の汪が単身やってきた。仔虎は到着が少々遅れるので、余興でもどうでしょう、と。なんの偶然か、本日は現役の虎の「餌の日」でもあった。俺も馬淵も食事姿を拝んだことはなかったので、興味半分に覗いた結果、冒頭へと至るのだ。
拷問や喧嘩とは違う、無秩序に破壊されていく人体を目の当たりにして、俺たちは正直かなり圧倒されていた。
「マジで骨まで食べるんだ」
「おい、天井まで血ぃ飛んでるぞ」
「うわっ、掃除大変そう」
満腹になったらしく、獣はあくびをして眠る体制に入った。口の端に血がついてなければ、愛らしいネコ科そのものだ。
「前は三人ペロリでしたけど、すっかり年老いてしまいましてね」
振り向けば支配人が居た。その腕の中には、待ちに待った仔虎がいた。ふわふわの毛並みに、まん丸の耳。お菓子みたいなあんよで、支配人の服の紐をいじっていた。
「あははぁ、やぁらかい」
抱っこしてみれば、仔虎は俺の胸ですりすりと甘えだした。ほんのりと尖った牙を見せ、か細い声で鳴いている。
これは、もう、とんでもなく可愛い。
「この子ウチの子にするぅ……」
「知ってる」
そこから二人で仔虎に構いつくした。いろんな所を撫でてみたり、紐の先にボールを縛って釣ってみたり。馬淵は「そこで襲え!」だの「野生の力を引き出せ!」だの凶暴性を引き出すようなことばかり言っていた。多分、将来腕試しするための下準備だろう。三国志読みすぎじゃないかな。
「あーあ、こんな可愛いのに、将来消化に悪そうな奴ばっか出される羽目になるのか」
疲れて座った客席でぼやく。膝には、まだ遊び足りない様子の仔虎ちゃんがいる。
机を挟んで座った馬淵がふっと笑った。
「消化なぁ」
「鳥然り牛然り、肉は若い方が食べやすい……ねえ馬淵」
「おい絶対コイツのほうが旨いぞ」
酷いなぁ、と突っこむものの、なんとなくそこまで嫌じゃないと思う自分がいた。
この将来、俺はたくさんの人の命を奪う。であるならば、最期はうんと惨たらしいほうがいい。捨身飼虎、とまでは贅沢だが、さっき見た男の様に食い散らかしてくれれば、どれだけ楽になるだろう。
「痛っ」
呆けていると、指先を小さな牙が襲った。血こそ出ていないが、しっかりとした咬み跡が残っていた。
「……趙?」
首をかしげる馬淵に、咬まれた手をつき出す。
「予約されちゃった」
ぎゃう、と膝の仔虎が鳴いた。