「だからさ、春節もうちょいじゃん。派手なの見たいっしょ、お前らも」
そういう趙の手には、弾がしっかり込められた拳銃があった。火薬と言えば火薬だろうし、音も派手ではあるが、根本的に違う気もする。が、スイッチの入ったコイツにまともなことを言うと面倒になる。同胞の命が狙われたとあれば、それはもう、より。
と、夜の埠頭に突然銃声が響いた。
「あー、だめだ。バチバチバチッて音がないと気分上がんない」
たった一発の脅しではあったが、俺たちにのされてすっかり意気消沈した男共には効果抜群だった。そこかしこから恐怖の声が聞こえてくる。所詮、ちっぽけな貿易商が雇える悪党なんぞこの程度だ。支払いの条件改善を無視し続けた結果、かくなる上はと俺の部下を襲った。まずかったのは、趙がその情報を俺の知らない内に入手していたことだ。
「連続で撃てばいいかな。あれ、三回ってなんだっけ」
「連中三元」
「お、流石ぁ、秀才馬淵っ」
銃声が三発響いた。今度の弾は全て一人の人体を狙っていた。飛び散る肉片が、コンクリートに勢いよくぶつかり、音を立てる。まあ、爆竹が爆ぜる音にも聞こえなくはなかった。
ついに出た死に怯え、腰を抜かしていた何人かが逃げ出そうとする。しかし、趙が撃った銃が命ごと止めた。
「動くな」
そこから、次々趙の手によって死んでいった。時には一発、時には執拗に何発も。助けを呼ぶ声すらなくなっていた。男共は自分の死を覚悟し、仲間が消えていくのを虚無に見ていた。
支配者は完全に趙だった。俺にはそれが腹立たしかった。
当人は終ぞ認めないが、治める者としての才が奴にはある。場を圧倒し、黙らせ、手繰る。だが、折角の賜物を奴は同胞を護ることにしか使わない。提案しようとも、のらりくらり誤魔化されるだけ。こんなちっぽけな場所で、力を燻らせることになんの抵抗もないのだ。
「はい、できあがり」
気づけば、辺りは雑魚の死体だらけになっていた。たったひとり残された若い男に、趙が詰め寄っていく。
「お前の雇い主によく言っておけよ。ウチの名前、忘れんなってさ…………オラァッ走れぇ!!」
畜生。どうしてその顔を他の組織にしないのか。
どうしてその素質を封してしまうのか。
「殺すぞ!!」
どうして、その銃を、俺に、向けないのか。
「……はっ」
乾いた笑いが洩れる。認められないことばかりだ。コイツが均衡を乱すことも、力を誇示することも。殺されることを想像して、昂る自分も。全てだ。
「何ニヤニヤしてんの」
最後の生き残りの姿が見えなくなったのを見届けた趙が、やつれた顔で言った。
「アイツの逃げっぷりが間抜けで笑っただけだ」
「はぁー? 呑気か? 元はといえばシャチョーさんがしっかりしてなかったせいじゃないのぉ?」
「あ? テメェが生温い総括してっから外からナメられるんだろうが」
睨み合いの中、あの、とおずおず俺たちに近づいたのは捕まっていた部下たちだ。ご心配通り、あまり長居してもよくないことは俺も趙もわかっていた。ここで喧嘩しようと意味はない。さっさと折れたのは趙のほうで、手早く死体の処理の命令が下された。
もうすぐ朝になろうとしていた。朝日で照らされた、いつも通りのアイツの顔を見るのが嫌で、俺はどうここから先に去ろうかを考えはじめた。