料理で大事なもののひとつに、鮮度がある。
手順が終わったら次の手順、ではダメ。手際よくするために、並行作業が望ましい。時間が経つほど、悲しかな鮮度は落ちていく。生ものなら猶更だ。どの作業と作業が同時にできそうか、作る前から考えるのも料理の楽しみじゃないかと思っている。まるでパズルゲーム。目指すはばよえ~ん。98年から譲受……。
というわけで、今回のぷよはエビチリだ。まずはエビを丁寧に下ごしらえしていく。エビに味がつくのを待ちつつ、次はお湯を沸かしながらネギを――
「あ‼」
でっかい『しまった』は、誰もいない厨房の壁を反射して俺に返ってきた。慌ててエビを冷蔵庫に入れ、地下室へと駆け込む。
扉を開ければ、目的の人物は直ぐこちらを振り向いた。
「馬淵! ネギがない!」
そして直ぐ振られた。一大事だってのに。
「エビチリだよ? ネギの食感がないとかありえなくない?」
「どうでもいい」
「もうエビ下ごしらえしちゃった。うわーっ」
こうしている間にも刻一刻と鮮度が死んでいくことが耐えられない。全くのエゴだけど、食べる以上は美味しく作ってあげたいのだ。
「だからどっかから貰ってきて馬淵。今」
「意・味・が・わからん」
ぎらり、と見せつけられた小太刀よりも、馬淵の目のほうが鋭かった。
「他の奴に行かせりゃいいだろうが」
「えー。だってネギ片手に全力疾走する馬淵が見たいからさぁ」
「なんの理由にもなってねえじゃねぇか!」
あーあー。これくらいで真っ赤にしちゃって。これはますます外の空気を吸わせるしかないな。
机の上にあったペンチを取る。二三、金属音を出してやれば、返事の代わりに舌打ちが飛んできた。
「じゃあ、五分でね」
「へえへえ」
冷たい金属の扉が閉じると同時に、天井からだらしなくぶら下がるライトが大きく揺れた。左右に動く光は、床に転がる男を気まぐれに照らした。
「怖い男だったでしょ。その癖やり方がねちっこいっていうかさ。嫌なんだよねー、俺そういうの」
縛られた挙句、半裸にされた身体には、切り傷がいくつも付いている。全くもって、手際が悪いったらない。このままじゃ、鮮度が落ちちゃう。恐怖っていう鮮度が。
「でも安心して」
入れる場所をペンチでなぞりながら探す。よし、ここだ。
「俺はもーっと怖いから」
きっちり五分後。本当にネギだけ片手に持って息を切らした馬淵が帰ってきた時は腹筋がどうにかなるかと思った。しかも、貰ったネギのぴかぴか新鮮なこと。何だコイツ。
「で?」
血管を浮き立たせながら馬淵が聞いてきた。
「浜北公園、野外ステージ近くの木の下だってさ」
「よぉし行くぞテメェら‼」
号令があるや否や、馬淵の背後についていた構成員達がいきり立った。
喧しい足音が遠くなり、俺もいそいそ厨房に戻る。そして、エビを確認する。よし、これなら超特急で作れば、とびっきりのエビチリができそうだ。
できあがったものを食べた時のみんなの顔が浮かび、ふふ、と笑みが漏れた。