「殺人ドーテー卒業おめでっとー!」
その意味を理解する前に、馬淵は趙から差し出された杏仁豆腐を皿ごと平手した。飛んでいったガラス皿は屋上のフェンスを勢いよく鳴らし、中身は無残にも下の花壇へ落ちた。
衝撃が産んだ沈黙は、趙の笑い声が割いていった。
「帰る」
馬淵は立ち上がろうとするも、趙に肩を抑えられてしまった。十五になり、ガタイのよくなった彼にとってはなんてことのない力だったが、とりあえず大人しく従った。
しかしながら、直ぐ後悔することになる。
「大丈夫、十個くらい作ってきたから」
クーラーボックスから出てきた追加の杏仁豆腐に、大きなため息がぶつかった。
いっそのこと不味くあれ、と馬淵は願ったが、趙の腕は嫌味なほど確かで。次々と杏仁豆腐は消えていった。
「馬淵くんもぉ、大人の階段登っちゃったねぇ」
「変な言い方すんな」
「事実じゃん。爺サマたちも感心してたよ」
それは昨晩のこと。幹部会中、慶錦飯店付近にて抗争有という情報が舞い込んだ。結果として、抗争相手は外で護衛をしていた横浜流氓の構成員達の手で皆殺しとなったが、一体どの組織が、ということは不明扱いにされた。
だが、有耶無耶の中に、事実がひとつ。構成員の中に、馬淵がいたということである。
「でも蔡は怒ってた。お気に入りの獲物をアンタに汚されちゃったから」
「武器は使ってこそだろうが。それに、あんな直ぐ取れる位置に飾っとくのが悪い」
「それはー、正解」
安全のために店に残された趙は、活躍を後から知った。どうやら、青龍刀で一人の首を刎ねたらしい。その切り口の美しさたるや、大層見事だった、とのこと。
馬淵が前々から名を上げるチャンスを狙っていたことを、趙は何ともなしに察していた。が、まさかこの歳で、しかも一級品の仕事を獲りにかかることまでは読めなかった。オマケに、命を奪った次の日だというのに、平然と学校に来て、いつも通りにしているのを目撃した時には、倒れそうになった。
無論、眩しさでだ。
「ほんと、放課後毎日ほうきで練習してたのが功を奏したね」
「な⁉ お前見てたのかよ⁉」
「えっ、ホントにやってたの? ヤバっ」
「テメェ!」
下品なはしゃぎ声と、本気の怒声が重なる。絶対言いふらしたい、絶対言いふらすなの攻防の末、笑いつかれた趙の負けになった。
五個目の杏仁豆腐がクーラーボックスからひったくられた。
「お前はいつやったんだよ」
ひと口、のち、馬淵はなんてことのない風に聞いた。
「やったことある前提なんだ」
内心、飛び出さんばかりの心臓を抑えながら、趙が続ける。
「……前の……側近。俺を攫って、成り上がろうとして……」
「どうやって」
うわっ、コイツ絶対モテない。そう思いながら、趙は身軽に立ち上がった。そして、馬淵の前に立つ。
「こうだよ」
二口目も前の杏仁豆腐に、趙はゆっくり自身の親指を押し付けた。
みち、みち、ぐち。きれいな平らだった表面に、歪みができていく。少しとろみのある汁が、指にぬらぬらと照りをつけていった。
無抵抗のまま、皿の底までたどり着いた。どの破片も、隅から隅まで白かった。
馬淵は黙ってその様を見ていた。
「あんがと。聞いてくれて」
大方潰した後で、趙は元通りの雰囲気に戻った。こびりついた粘りを指先で弄びながら、そのまま馬淵のそばを悠々と去っていった。
「同情じゃねえよ」
ひとり残された馬淵は、見えなくなった背中に呟く。
粉々になったそれが、一気に飲み干された。とても甘い味だった。