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快晴

 

 中学の頃は校舎裏に陣取っていた。見つけたのは男鹿だ。野生の勘というか、人が来ないところを見つけるのが妙に上手いのだ。夏は日陰になっていて涼しく、冬は勝手にストーブを出していても見つかりっこない。アバレオーガの縄張りと学校中に認知されると、後に釣れるのは命知らずの馬鹿ばかりで、基本的には平穏だった。

 

 高校の入学式の朝。自室で髪型を整えながら、なんとなく心配したのはそういう「縄張り」のことだった。なんせ周りは不良だらけ。男鹿の前評判も自分へ発破をかけるための材料でしかないだろう。威嚇が通じないとあれば、平穏な場所なんて夢のまた夢の訳で。

「飯くらいはゆっくりしてーな」

 思わず口に出てしまう。まあ、中学が恵まれすぎたと諦めるしかない。学校にも関わらず大音量でゲームしてたあの時間が最早遠い過去のようだ。

 ぼんやりしてたらもう出る時間だった。男鹿はまだ寝ているだろう。急がないと。

 

 あってないような入学式が終わった。あれを式というなら、サル山のボス継承のほうがずっと格式高い。

 それに、妙だと思って体育館の隅で息を殺していた先生に聞くと、なんと現女生徒は全員遠征に行って暫くいないと宣ったのだ! 最後の希望が! ビーナス達が! いない! グッバイ俺の春!

「何ひとりではしゃいでんだ」

「おー、どこいってたんだよ男鹿」

 荒れ放題の教室で嘆いていると、ふらっと消えていた男鹿が戻ってきた。式後は教室で先生の挨拶というプログラムになっていたのだが、一向に来ないのでみんな思い思いに過ごしている。周りにいる不良達は、なめられないようにとお互いを嫌に警戒しており、その緊張感というか、面倒さに飽き飽きしてきた頃だった。

「先公来たのか」

「来たと思うか?」

「ふーん。じゃあ、ちょっとこい」

 男鹿はそう言って短ランを翻した。俺もそれについていく。教室から出る寸前、「先生にいいまちゅよ」とか「告白か?」なんて茶化しが飛んできた。あーあ、マジでめんどくせぇ。

 

 扉をくぐると、青空が拝めた。連れてこられたのは屋上だった。吹く風が心地いい。耳障りな騒音がほとんど聞こえない。ラクガキや破壊の跡はちらほら見えるが、校内と比べればかわいいもんだ。何より、他の不良達の姿が見えない。完全に穴場だ。

「やるじゃん」

 ここなら落ち着いて過ごせそうだ。流石というかなんというか。そもそも屋上なんて溜まり場のイメージでしかないのに、よく空いてたもんだと思う。

「どうだ」

「うむ、苦しゅうない。褒めてつかわす」

「まだ早ぇぞ古市」

 あっち、と男鹿が指したのは、屋上入口の裏側、丁度死角になっているとこだった。なんだなんだと覗くと、驚きの光景がそこにはあった。

「入学記念、初減り込みパンチだ」

 直角、垂直、それはもう美しい角度で不良共がめり込んでいた。遠くの喧嘩か? と思っていたうめき声は、ほんの隣だったのだ。

 冒頭のことばを訂正しないといけない。コイツは人が来ないところを見つけるのが上手いのでなく、人が来ないところに仕立て上げるのが上手いのだ。

 腹がめちゃくちゃ痛い。必要以上に笑っている。もやもやが全部晴れて、今の空みたいに澄んでいた。

「男鹿」

「おう」

「ゲンコツと野菜、メンチもつけちゃる」

「よっしゃー!」

 この学校にいて、今後どんな面倒があるなんてわからない。だとしても、何とかなるだろうし、面白いことになるに決まっている。

 俺の隣には、男鹿がいるから。

 

 男鹿がベル坊を拾って、学園生活と呼ぶにはあまりにハチャメチャな物語になるのは、もう少し先のことだ。