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目線

 

 

 芸術を鑑賞するにはそれなりの”姿勢”がいる。作品への理解、関心、知識。名画と知らず出された絵を、素直に感動できる人は稀有だ。家柄として、恥をかかないようにと勉強を命令されてきた。おかげで、作品を見る前からある程度の姿勢を整えることができる。正しく感動を受け取るという喜びを俺は知っている。

 そして、今横でぐーすか寝ているこいつにそれを教えるのは難しい。バカだから。

「はあ」

 テレビには男が自室で物思いに耽る様が映っている。二時間半の長編映画。世間的には、名作で知られているが、未だ鑑賞していなかったものだ。異なる死生感を持つ男女が、愛を経ても変わらぬままでいようとする。そういうあらすじ。

 再生して一時間経過したところで、十代はひょっこり帰ってきた。映画はやめて、ご飯なりなんなり用意しようと提案すると、奴は画面をちらりと観た後で

「俺も一緒に観ようかな」

 と言った。それが、ほんの少し、本当に少し嬉しくて。お茶と菓子を追加して、ソファで二人見始めた。

 が、ものの五分でこいつは寝た。そうして今に至る。

 画面は静かだ。そのせいで、横からの寝息が聞こえてくる。相当深い。疲れているのなら、別に付き合って貰わなくても良かった。どうせこいつにはわからないのだから、俺も続ける必要はなかった。

 思っている以上に自分が落胆していることに気づく。同じものを観て感動を味わうことは、そんなに贅沢なことだろうか。デュエル然り、目標然り、お互いを向き合うことでしか、俺たちは繋がれないんだろうか……。

 一時停止のボタンを押す。ごちゃごちゃと考えるせいで、全く集中できない。せめて一つでも片付けようと、俺は毛布を取りに行った。

 

 映画も佳境。男女の会話は訥々としたまま。だが、ふとした単語にそれぞれが信じる神の暗喩が込められている。ある程度の外連味が残る映像が更に会話を引き立てる。恐らく、この二人はこのまま別れる。未練の気持ちを残しながらも、それが正解だと思わせる力がこの作品にはある。なるほど、名作だ。

 男が最後に女へ握手を求める。逃げの意味だと察する。今ここで手を差し出せば、二人が築き上げた愛に溺れるのは必然だと思った。女もそれをよくわかっていて、右手をわずかに動かした後、毅然とした態度で首を振った。

 映像に反して、俺の手がぎゅっと握られた。 

 横を見ると、十代は何も言わず映画へ目線を向けていた。俺も画面に戻った。年月が経ち、男も女もそれぞれ成功した姿が映される。とても幸せそうな笑顔を前に、十代の握る手の力は強くなった。

 この二人は一緒に居てほしかった。例え不幸が決まった道だとしても。例え作品として陳腐になったとしても。共に歩んでほしかった。

 俺だって同じだ、十代。

 

「まだ寝れるのか……」

 エンドロールも流れ切った後。十代はオーケストラの音楽に釣られてまた寝ていた。口からはよだれがでている。汚い。

「毛布に垂らすなよ、バカ」

 空いている片手で菓子を摘まむ。いつもより甘いな、と思った。