単純計算で、俺には人より倍、人がみえる。生きている人。生きている人の守護霊。守護霊でもない大多数の霊。今が七十億だから、二倍が確実として大凡二百億には行ってしまうんだろうか。正確なものは数えられるわけがない。今もどこかで一人増え、合わせて一人付属し、死んで残るヤツがいる。成仏は思ったほど手こずるから、俺がみえるやつはどんどん増えていくばかりなんだろう。たまに出てくるこの思考に、俺はどうしてか怖くなる。
「斉木さんは、ニンゲンは増えすぎたって思ったことあります?」
(魔王か。無いわけじゃないが)
「聞えちゃうの増えるとキツイっスよね。俺は体験できませんけど」
(まあ、それもあるかな)
右を向いても左を向いても、そこには目があった。独りの時間なんて、相当の苦労がいる。捨てた羞恥は斉木さんより多い気がする。霊の前だけに限るけど。
「俺も怪しい指輪とか付ければオンオフできねえかなぁ。なんつーか、いろいろ面倒なんスよ。考えること多すぎて」
(永久オフなら手伝うぞ)
「うわっ絶対バイオレンスだ。この大魔王」
忙しそうに歩く男。泣いている子どもと慰める母親。並んで歩く女子高生。大人数で盛り上がっている大学生。もし、本当にオフにできたら、この視界から何人消えるのだろう。
斉木さんが俺の肩に右手を置いた。こういう時は優しいな、と思う。
「みえてない時なんて覚えてないから、どこまで楽かまではわかんないですけども。どうなんでしょうね。意外と生きている人って少ないなとか思うのかな。あっでもちょっと怖いかも。うーん」
(馬鹿がらしくもなく考えようとするなばーか)
「二回も」
斉木さんは俺と同じ順でみてくれた。男、子ども、母親、女子高生、大学生。この内半分は、この熱い手で吹き飛ばすことが出来る。あっという間に。そんなこと、斉木さんがするわけないけど。
手が離れた。
(溺れそうだ)
その言葉がすとんと胸に落ちた。
なるほど、俺は人に溺れそうなんだ。それも、俺だけしか溺れられないことが怖かったんだ。みえないこともできないし、斉木さんみたいな圧倒的な力なんてさっぱりだ。俺はずっと不安でいるしかないんだ。改めて、面倒だなと思う。
「あの、永久オフってどうするんスか」
(諦めは茶化しにくいからやめろ)
「んもー、すいませんねぇらしくなくて!」
俺だっていろいろ考えてるんです、と吐き捨ててそっぽを向く。こうなったら俺全開を頭に流し込んでやる。昨日見たエロ本のふともも……大きめの尻……。
(オフは分からん、一緒に溺れるのも御免だ)
ぷりぷりの唇、すべすべの肌、でっけーおっぱい……。
(だから、助けてやるよ)
ああもう!
「斉木さんのばーか!」