「幽霊が見えないようになりたいって思ったことあるかい?」
アイスコーヒーの氷が鳴った。鳥束は更に居心地の悪さを実感した。
斉木さんがいたから、という理由で入った喫茶店。休日は大体ひとりだから、今日もそうだろうと、周りが見えていなかった。まさか空助も一緒だったとは、とその時の鳥束は思い切りばつの悪そうな顔をした。水入らずのところを邪魔したら云々と、適当な理由をつけて去ろうとしたが、斉木がサイコキネシスでぐっと肩を掴んだ。
(これ以上勝負に付き合ってられない。とりあえずいろ)
鳥束は、暴力と頼られることには滅法弱かった。
「まあ、どっちかっていうと無かった方がよかったなーとは思いますケド……」
鳥束は濁しつつ、並々と残るオレンジジュースを啜る。彼をこうした当の斉木は先ほどトイレに行ってしまった。
空助と目が合わないようにと目線がそれる。店舗内の客の数倍はいるであろう幽霊達がそこにいた。サイフォンから抽出される一滴一滴を丹念に見ている者。サラリーマンが広げている新聞を興味深そうに読んでいる者。流れるクラシックを聞いて寝ている者、様々だ。
「僕ならできるよ。見えないようにすること」
鳥束はストローを咥えたまま思わず立ち上がった。
「うっそ⁉ あ、てか超能力消せるから、そっか、はあー」
へなへなと座りなおす様を、空助は微笑みながら見ていた。
超能力も消せる人が、霊能力を消せないわけないな、と鳥束は納得せざるを得なかった。まだ一回しか使用していない「悪魔憑き」の能力にしても、空助との実験の成果である。
どうしたものか、と鳥束は考える。
「つか、なんも関係ない俺の手助けなんかしてどうするんスか? また怪しいことたくらんでるとか?」
「はは。信用ないね。当たり前か。監禁は初めてだった? 君のことだし、どうせなら美人なお姉さんにやってもらいたかったんじゃないかな」
「そりゃあまぁどーせならボンテージでおっぱいの大きい……違う違う」
空助は、唸る鳥束を前に、飲んでいた珈琲をスプーンでくるりと回した。
「ねえ鳥束くん」
頭が上がる。
「楠雄と……僕たちと『何も関係がない』だなんて、よく言えたね」
静かで、燃えるような怒りだった。能力者と天才。抗いたい壁。逆らえない血の繋がり。彼と合って日の浅い鳥束に、この兄弟の全てが理解できるはずもなかった。激しく泳ぐ目は、ふいに映った珈琲をとらえて離さなかった。芯まで黒く、底が見えず、かき混ぜたばかりの渦が、彼を呼ぶようで――。
今度は、本当の手が鳥束の肩を掴んだ。
「斉木さん」
(行くぞ)
「盗み聞きは趣味悪いんじゃないかな、楠雄」
明日の天気でも聞くような淡々とした問いかけだった。当の弟は、秒程睨みつけるのみで掴んだ肩の主をひっぱり立たせる。相当な力だが、未だ慄く彼には丁度だった。
そのまま、ふたりは店舗を後にした。なるべく強く、なるべく速くして。
扉から出ていくまでを見守った空助は、次に置かれた伝票を見た。
「あれ、僕のおごり? これ」
まばらに人が歩く商店街を、ふたりは逃げるように進む。
(この僕でさえ認識してなかった幽霊の存在を、簡単に解明できると思うな。アイツがいくら天才とは言えな)
「そぉー、っスかね?」
(そうだ)
「……そうします」
ふと、鳥束は自分が外に出た理由を思い出した。彼は寺のおつかいの途中であった。塩と、みりんと、鎌二本。別に大変な量ではない。売っている場所も分かる。
それでも彼は一緒に来てほしいと頼むだろう。相手も断らないだろう。
彼らは今、この世にふたりだけだから。