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何とかは

 

 鳥束が斉木の首を絞めたのは雲一つない平日の朝のことだった。
 ぷちん、と脳に流れる思考が止まったかと思うと、次の瞬間には手が首に回っていた。斉木は僅かに瞠目する程度で、彼の腹を軽く殴って気絶させた。しかし、喉に押し込まれた指の感覚は、別の驚きを呼んだ。何故? どうして?
(そう言えば、同じだった)
 次の瞬間、彼と鳥束は住宅街から姿を消した。
 
「うん。後遺症だね」
とある研究室。モニターの淡い光を背に、そのほの暗さと反比例した笑顔の兄を前にして、斉木はこめかみがひきつくのを感じた。
 鳥束が空助に「斉木楠雄を憎むように」と洗脳を受けたのは今から数日前であった。あの時の恨みのこもった表情と、首を絞めにかかった時の顔が同じであったことに斉木は気づいたのだ。であれば、と学業をかなぐり捨てて空助のところに来た次第である。そして、推測は正解であった。
 分厚いガラス一枚隔たてた部屋にて、鳥束は頭に謎の装置を付けて眠っていた。
「いやぁ、ホント色んなことしたからさ。あの薬でしょ、あの電波でしょ……。何が相互に関わってるかわからないもんだねー。それに、鳥束くんも平気そうに見えたから大丈夫かなって、あはは」
(そもそも見てもないくせに)
「わあ、怖いカオ。安心しなって。きれいさっぱり消す道具作るからさ」
 パソコンへと向き合った空助は、机に転がっていたドライバーを手に作業を始めた。身震いするほどの威圧感で仁王立ちする弟を後ろに感じながら。
「……ところで。知ってるとは思うけど、記憶っていうのは、物事に関連して想起することがあるんだ」
 ねじがまた一本締まる。
「鳥束くんが思い出したのは楠雄を憎む記憶。でも、その大部分は僕が無理矢理増幅させた。言わば無かった記憶だ。よっぽどのこと、それこそ、憎悪に関連するような出来事がない限り、思い出すことはないと考えられるんだけど、心当たりはあるかい?」
 
「一生のお願いですって、ねー」
(こりないなお前も)
 爽やかな空の下、斉木は鬱陶しそうに答える。朝から来たと思えば、くだらないお願いを繰り返す彼にほとほと呆れていた。しかしながら、以前のように強く返せない理由が、斉木の中にあった。
 斉木は足を止めた。
(まあ、いいだろう)
「やっぱだめ……えっ嘘? いいんスか?」
 落胆から一転、鳥束は笑顔で斉木を見た。が、その熱気は直ぐに抜けた。それほどに斉木の眼は冷たかった。 
(僕は超能力を消すつもりだ。できれば、この四月に)
 鳥束は黙っていた。脳裏のどこかで、己が幽霊であると初めて教えてくれたあの日の「おばあちゃん」の姿を感じた。
(どうせ、超能力が無くなれば、お前は……)
 そこから刹那であった。鳥束の手が首にかかった瞬間、斉木ははっきりと聞いた。絞りだした憎しみの声を。
「俺は――」

「はいできた」
 はっ、と斉木は顔を上げる。眼前には兄がいた。差し出された手には、小型のメカが出来上がっていた。どうしてかかわいらしい耳と目が付いている。
「これを鳥束くんの頭にあててここを引っ張るんだ。あ、不安なら僕がやろうか? ちなみに加減を間違えると脳みそが丸焦げになっちゃうんだけど」
そう言いつつ空助がメカのヒゲを引っ張ると、とてつもない光量が部屋いっぱいに膨らんだ。ついでに耳を劈く爆音も。空助はちゃっかりサングラスと耳栓を装着していた。
 急いで斉木はメカを奪う。光はゆっくり口に見える部分に収束した。果たして人間が体験していいものなのだろうかと彼は考える。が、頼るものがこれしかない以上、仕方ないと諦める他なかった。しっぽのような部分を回すと、表示されたメーターの数値がみるみる下った。
(しかしなんでまたこの形なんだか)
 ほとんど虚無のような気持ちで調節を行う斉木に、空助はにこにこと語った。
「ああ、モデルかい? 犬も食わないなら、猫に食べさせちゃおう。なぁんてね」